一瞬・一瞬、ともに変わる私と世界――ホロニカルなつながりに気づく

不安な気持ちで人に会ったとき、「来てくれてうれしい」と声をかけられ、ふっと緊張がほどけることがあります。こちらが顔を上げると、相手の表情も和らぐ。気づけば、二人の間に流れる空気まで変わっています。

このとき、変わっているのは自分の気持ちだけでしょうか。自分も相手も、その場の関係も、一緒に変わっているのではないでしょうか。

ホロニカル論では、自己と世界が互いを含み合いながら成り立つ関係を「ホロニカル関係」と呼びます。私は世界の一部であり、その私の中にも、人々との出あいや社会、自然との関わりが織り込まれていると考えます。

「自分が感じていること」と「外で起きていること」を言葉で分ける以前に、私たちは、自己と世界との出あいをひと続きの出来事として体験しているのだと思います。その一瞬・一瞬には、過去の経験も、身体の状態も、目の前の相手も、その場を取り巻く環境も関わっています。

たとえば、職場で失敗し、「また責められる」と身構えて動けなくなった人がいるとします。周囲も「やる気がないのだろうか」と戸惑い、声をかけにくくなる。そこに「次にできることを一緒に考えよう」という言葉が届くと、本人に少し余裕が生まれ、周囲も協力しやすくなることがあります。

私たちはこれを「本人が立ち直った」と言います。しかし、実際には、その人が立ち直っていくことと、周囲との関係が変わっていくことは、重なり合っているのではないでしょうか。

不安が互いの警戒を強めることもあれば、わずかな安心から、新しい言葉や行動が生まれることもあります。どちらか一方が原因となって相手を変えるだけでは捉え切れない、幾重ものつながりがそこにはあります。

自己と世界は、関わりの中で一瞬・一瞬、自らを組み立て直しています。その中で、不一致が少し和らぎ、ともに無理なくいられる関係が生まれることがあります。今、私と目の前の人との間で、何が起きているのか。少し耳を傾けること、言葉をかけること、必要な距離を取ること。その小さな振る舞いも、出あいの一部になっています。

世界との関わりの中で私が変わり、私がいることで世界も変わっている。そのつながりに気づくところから、生き方にも新しい余地がひらかれるように思います。