実在する世界について詳細に語ろうとすると、その語りは、語り尽くせないものを語るような営みになります。
逆にいえば、語り尽くせるものとは、実在するものではなく、考え出されたものといえます。
語り尽くせるものとは、言葉によって知的に識別され再構成されものであり、実在するものそのものではないと思われるのです。
今、梅干しを食べているとします。このとき、「梅干しを食べている」と語る時には、梅干しのあの独特の酸味まで語っているわけではなく、知的に再構成された客観的事実を記述をしているだけです。そこには、梅干しを食べている瞬間に主観が感じているものまで語っているわけではありません。
このことをホロニカル心理学の概念で言い換えると、次のようになります。客観的な語りとして、「梅干しを食べている」という時は、外我が内在化している識別基準(ホロニカル主体:理)にとって、外我が、梅干しを食べているという判断をしているのであっても、梅干しを食べているときの内我が直覚している食感などを含む、生々しい直接体験そのものを語っているわけではないといえます。
結局、直接体験そのものを語ることは、語り尽くせなくなると考えられるのです。
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