「聖なる至高体験」

ホロニカル・アプローチABCモデルにおけるA点もB点も、観察主体は、その極みにおいては、我(現実主体)は、我の理性的把握を超えたイマージュによって圧倒されます。人によっては、A点は呪詛的体験となり、B点は祝福的体験となり、ドイツの宗教哲学者ドルフ・オットー(1869-1937)が定義した 「ヌミノーゼ」という非合理的かつ直接的な体験となります。A点やB点の極みの体験は、もはや表層意識の水準ではなく、深層意識における超個的体験で、我はひれ伏すしかなく、その後の我の生き方や自己の変容の契機となる圧倒的な根源的全体験といえます。

ヌミノーゼ的体験において大切なことは、そうした意識の深層レベルへの非日常的な変性意識体験と、意識の表層レベルにおける日常的体験を混同しないことです。両者の区別を失うと病的体験となります。

ホロニカル心理学的には、現実主体(我)の意識が、「IT(それ)」と区別がつかなくなるとき、病的となり、現実主体(我)が、現実主体(我)の内に「IT(それ)」を内包し、つつも、「IT(それ)」は、現実主体(我)を超えた働きであることを実感・自覚できているとき、「聖なる至高体験」になると考えています。