トラウマの扱い方(8):多層多次元にわたる悪影響

絶え間のない虐待によるトラウマの悪影響(複雑性PTSD)は、“こころ”の多層多次元にわたります。

まず神経生物学的な位相においては、明らかにトラウマ受傷時と同じような反応(過呼吸、動悸の亢進、筋肉の過緊張、驚愕・・)などの自律神経系の過剰な反応の再現が見られます。そして、さらに深刻な場合は、明らかに深刻な身体症状や心的問題を抱えていても、まったく観察主体である外我の意識レベルではトラウマとは関連づけられることなく、むしろ切り離され、解離され、あたかもなんでもないがごとくに振る舞っている場合すらあります。

トラウマ記憶のトラウマ体験を、解離させたり切り離している場合は、外我と内我との対話軸が切断されていることがほとんどです。そのため語り方は、失感情的であり、苛酷な出来事を口にしながら、どことなく「他人事」のような語りであり、しかも離人的です。

またこの時、外我が内在化しているホロニカル主体(理)も、「そんなことはたいした出来事でない」「よく覚えていない」「そんなことは当たり前の出来事」「自分がいけないので、まあ仕方がない」と、トラウマ体験を自己の人生の物語に積極的に意味づけ新しい生き方の智慧に生かすというよりは、無価値化・脱価値化する思考の枠組を頑迷に内在化しています。

内我レベルでも悪影響が見られます。あまりに苛酷な過去の直接体験を内我は、身体的自己の直接体験の全体の直覚から切り離してしまっていることすらあるのです。「体験」の直覚の否定です。まさに「体験すらない出来事」としてしまっているのです。それでも身体はトラウマを記録しているのですが、そうしたおぞましい自己の直接体験の一部を内我(内的現実主体)が直覚すること自体を否認してしまっているのです。

しかし、何かの弾みで、あたかも身体に深く刻み込まれスイッチ・オフしていた神経ネットワークがスイッチ・オンし、内我も外我も適切な自己調整能力を失ってしまった途端、あたかも人が変わったかのように、これまでの感情の制御能力を失ったり、様々な身体症状を示したり、自己否定的になったり、対人関係上のトラブルを引き起こしたりしてしまいます。

複雑性PTSDの影響は根深く、表層から深層といった縦方向に向かっては、個人的無意識的レベル、家族的無意識的レベル、地域的無意識レベル・・・・と生物・神経レベル、物理現象レベル・・といろいろなトラウマの痕跡が発見されるのです。また個人と社会といった水平方向に向かっては、個人的次元、家族的次元、地域的次元、東洋的次元、地球的次元・・・・といろいろなトラウマの痕跡が発見されます。

しかし、いずれの層や次元であれ、「今・ここ」という一瞬・一瞬の自己が、適切な支援を得て、安全・安心をしっかりと体感している身体的自己として実感・自覚できる限り、過去のおぞましいトラウマを体験した自己は、もはや過去の自己であることに目覚めることが可能となります。「今・ここ」という一瞬・一瞬において、安全で安心できるほどよい体験が非連続的に連続する体験を実感・自覚する中で、現在から、過去の出来事を過去のものとして、一定の心的距離をもって観察することが可能となり、過去のおぞましい体験を自己自身に再統合していくことができるようになっていきます。