我の否定 2022年1月8日2025年8月12日 無心・無我東洋で重視される「我の否定」とは、観察主体が観察対象となる自己及び世界の出来事を対象論理によって識別・分別する我を否定し、我を忘れることです。「仏道をならふとは、自己をならふ也。自己をならふとは、自己を忘するるなり」、道元の正法眼蔵の現成公案の巻にある句は、そのことを見事にあらわしていると思われます。ホロニカル心理学の概念で語れば、我(現実主体)への執着を捨てて、自己と世界の不一致・一致の直接体験を実在する世界として、その世界に死にゆくまで深く生き続けることといえます。関連