手強い相手

<今日は、どんな出来事について整理していきますか?><今日は、どんなことについて明らかにできたら、○○さんにとって今日の相談がお役に立ちそうですか>など、被支援者が抱える悩みについて、被支援者自身が問題解決の主体となるようにフレームワークを行うことが、ホロニカル・アプローチではとても重要と考えています。

あるセッションです。被支援者は30代の「音」さんです。エレクトーンを、音楽教室で教えています。< >内が支援者、「 」内が音さんの発言です。

<今日は、どんなことについて整理していきますか>
「エレクトーンを教えていて、どうしても時間が守れなくて、つい30分のところが1時間、1時間の人では1時間半も使ってしまって・・・」と、語尾が尻切れトンボな言い方です。
<それで・・・>と、こうした時は、できるだけ被支援者自身が、自分のことを安心して見つめ直すことができるようにサポートします。すると、
「時間をもっと守れるように直した方がいいと思って・・・」と、やはり尻切れトンボです。
<時間をもっと守れるように直した方がいいと思ってみえるんですね。それで・・・>
「母親にも、次の人が嫌な思いをすると言われて・・・」と、顔を歪めますが、まだ語尾は、定まりません。
<母親にも、次の人が嫌な思いをすると言われ、自分でも、もっと時間を守れるようになった方がいいとは思っているんだけど、それでも・・・何かひっかかるものがある感じなのですか>
「母親には、『ハイ時間です』といえばいいと言われるけど、急に相手に、『ハイ時間です』と、言うことも相手に悪いと思って、なかなか言い出せなくて・・・」「ずっと、ほとんどの人に対して、時間オーバーでやってきてしまったので・・・たまには時間通りに終わる人もいるけど、人によってはレッスンに関係のない話を自分もしたくなっちゃって・・・」と、微妙に内省的な語りになりつつも、急に変化することに対する抵抗感についても語りだします。
<(複雑な気持ちの要約反射をした後)それで・・・>
「でも先生と生徒という関係だから、ちょっとなれ合い過ぎているかなと思って、どうしようと思って悩んでいるので、そのことを・・・」
<そのことを、今日の面接を通じて整理したいということですか>
「ハイ」と、目を輝かせて、今回の面接の目的が明確化します。

このように語尾が曖昧になる音さんの主訴の明確化の作業においても、できる限り、問題解決の主役が、音さん自身であることが体感できるように面接を進めることが、とても重要だとホロニカル・アプローチでは考えています。毎回の主訴が曖昧な場合であればあるほど、主訴の明確化の作業そのものが支援の対象となるわけです。主訴の明確化の作業の主役が、問題解決の主役と考えているわけです。万が一、主訴の明確化の作業が、支援者側に委譲されてしまうと、被支援者は、問題解決の主役の座を、支援者に委譲してしまう危険性があると考えているわけです。

音さんの事例では、主訴が明確化したところで、時間延長でもっとも困ってしまった時を、場面再現法を使って外在化し、音さんと支援者が、より実行可能な対応策を共同研究的に模索しました。

場面再現法では、レッスン場面を、間取り図法と人物の小物を使った外在化法を使って再現しました。相手は長年レッスンしている話好きの中年女性です。レッスン修了後、時には40分以上話していく生徒さんです。音さんは、いつも何も言えず、一方的に話す女性に対して受動的姿勢で傾聴しているばかりの態度です。再現された場面は、しびれを切らした次の生徒がドアをノックし、「すみません。まだですか」との介入があったシーンです。

そこで、場面再現の実施後は、話好きの女性と再び同じような状態になった未来の場面を想定し、その時、どのように音さんが対応するとよいのか、音さん自身が実行可能と思われる対応策を一緒に検討しました。

その結果、音さんは、次のような対応策を自己決定しました。
「レッスン時間が過ぎたとこで、楽譜や鍵盤の掃除などの片付け動作をする」。
<それでも駄目ならば・・>
「『次の方がお急ぎのようなので、申し訳ないですが今日はここで終了にさせていただいてよろしいですか』という」
<それでも相手はなかなか話を止めなければ・・>
「次回そのことについてはレッスンのはじめにお話ください」(苦笑しながら)というものでした。

この事例には、後日談があります。話し好きの手強い女性に対して、音さんは、適切に対応できるようになったばかりではなく、時間を厳守できない音さんのことが心配で、過干渉的になっていた母親に対しても、自分なりの工夫で上手く対処できたことを主張できるように変化していったのでした。無論、そうした音さんの変容は、母親自身が求めている変容でもあったのでした。どうやら音さんにとっては、話し好きの女性と母親との対人パターンは相同的であったようです。

 

※カテゴリー「事例的物語」は、ホロニカル・アプローチによる実際の事例をいくつか組み合わせ、個人が特定できないような物語として構成されています。