“こころ”とは(77):無自性

無“こころ”とは何か、そしてそれはどこに存在するのかと問われたとき、その答えは人々、時代、そして文化によって異なると言えます。

「ここにある」と頭や胸を指すこともありますが、果たして“こころ”のすべてがそこに存在するのかと問われると、その答えは不確かになります。

“こころ”の働きは日々私たちに実感・自覚されていますが、それを言葉で表現しようとすると、つかみどころのないもの、つまり大乗仏教のいうところの無自性(それ自身には何ら固有の本質はないもの)となります。