トラウマ記憶と対峙した2代目Tさんの物語(ノンフィクションフィクション)

ノリタケミュージアム

ノンフィクションフィクション:いろいろな事例を組み合わせて創作された架空事例です。

<Tさんの現況>
40代後半のTさんは、従業員が20人程度の町工場の2代目の社長です。Tさんは医療機関の紹介で心理相談室に来室しました。来室当初のTさんは、抑うつ状態がとても強く、いつも「消えてなくなりたい」と自殺念慮を抱いている状態でした。Tさんは3年ほどの結婚歴があります。Tさんの両親との同居による結婚生活の後、妻は「TさんやTさんの両親とはとてもやっていけない」と言って家を出て行き離婚となりました。子どもはいません。

会社の創業者はTさんの父親です。職人気質の頑固者で、技術は一流でしたが経営方法は威圧的でワンマンで知られた人でした。そうした態度は従業員ばかりではなく、Tさん及びTさんの母親に対しても、威圧的な態度を取り続けました。父親は代表権のある社長の立場からは身を退きましたが、会長として社長であるTさんの会社運営に対して色々と威圧的な態度を取り続けました。

<封じ込められていた過去の記憶>
生育歴を語るとき、Tさんは、地元の知人・友人や親族との間には良き体験が思い出されるのですが、両親との間の子ども時代の記憶がなかなか思い出せません。むしろ過去の思い出を想起しようとすると、途端に身体が過緊張気味に強張り、頭が真っ白になり、思考も停止してしまうことが、カウンセラーとの間で共有されるようになり、トラウマ記憶の凍結反応があることが明らかになっていきました。そして、過去のトラウマ体験の想起によって、即座に過緊張状態や思考停止状態になったときの対処法をいくつか確認した頃のことです。Tさんは、小学校2年生のときの出来事を自ら語り出します。

<トラウマ記憶の想起>
Tさんが小学校2年生の頃の出来事です。当時の工場は両親と祖父母以外の従業員が3〜4名程度で、とても経営も苦しい時期だったとのことです。そのため両親は祖父母と共に朝から晩まで働き、Tさんは、工場の敷地内にある小さな平屋の家で、いつも一人ぼっちでした。しかも仕事から帰宅した両親は、家に帰るたびに激しく喧嘩ばかりし、時には取っ組み合いもするといったことが絶えない状態だったとのことです。しかし、最終的には父親のパワーが、家族を制圧するような日々でした。Tさんにとっては、家庭に安全で安心できるような居場所はありませんでした。そんな子ども時代のTさんにとっては、近隣に住んでいた母方のおじさんやおばさんたちが唯一の支えでした。

トラウマとなった出来事です。ある時、両親は激しくぶつかり合い、母親は父親に殴られた後、夜10時頃に、カバン1つを持って家を出て行きました。その時、Tさんは母親の後を必死に追いましたが、母親は、Tさんを振り切って置き去りにしたまま立ち去ってしまいました。その後、しばらくして母親は家に戻っていますが、この時のTさんは、見捨てられ不安を抱いた以上に、父親と二人きりになることへの絶望的な気持ちになったことが想起されました。母親からの見捨てられ不安以上に恐怖感を抱いたのです。こうした恐怖感が根底にあるためトラウマを記録したままの身体がまさにあたかも石のように固まってしまうことにつながっていたのです。

<トラウマ記憶への対応>
Tさんに対しては、超俯瞰法を使ってのトラウマ・セラピーを実施しました。
カウンセラーは次のようにいいます。「もしここに小学校2年生のときのTさんがいるとしたら、この子ども時代のTさんに向かって、何でも全てをお見通しで何でもできる超能力をもった空から見ている神様、仏様、あるいは先祖様がいるとしたら、この地上にいる小学校2年生のTさんに向かって、どのようにして支えてあげるか、想像してみてください。」 この時、小学校2年生の時のTさんと、空から語りかけるTさんをそれぞれ小物を使って外在化することをTさんに求めます。するとTさんは小学校2年生のときの自分を小物の「亀」で、そして空から語りかける自分を小物の「鳥」を使って外在化します。

超俯瞰法では、鳥の立場のTさんは、「お父さん、お母さんだけで生きているのではなく、おじさん、おばさん、その中でも育つから、安心していきなさい」と、地上にいる亀(小学校2年生のT)に声をかけます。しかし、そのように声をかけながら、すぐに、当時のおじさん、おばさんたちも、Tの父親とのトラブルを恐れて、何もしてくれなかったことを思い出します。Tは、小学校字だしの絶望感や無力感を想起しながら、カウンセラーのサポートを受けている中で、次第にシナリオを作り直し、次のように亀の自分に語り出しはじめます。「あなたの周りには、血のつながりのある人ばかりではなく、大勢の優しくしてくれる人がこれから出てくるから安心すればいいよ」と、この働きかけに対して小学校2年生のTさんは、「本当」と言いながら涙ぐみます(面接時のTさんも涙ぐみます)。

超俯瞰法の実施後、Tさんは次のように語り出します。「人のあたたかさが陽射しのように当たってきて、すごくあたたかく、居心地が良く、平和が来た感じ。こんな自分の今味わっているものを、弱い立場にある人にあげたい。今までは、そうすることが恥ずかしかったけど、これからはそれをやれる勇気を持っていきたい」「小学校2年生の時の自分は、この亀のように、本当に手も足も出ないような感じで、いつも縮こまっていました」

その後 Tさんは、対話法や超俯瞰法などを使ったトラウマ・セラピーを何度か繰り返していくうちに、次第に今・現在の会長である父親や副会長である母親を前にしても、次第に過度な緊張や萎縮することもなく、自分なりの自己主張をするようになり、古株の従業員も2代目の社長を支持するようになっていきました。そして会長や副会長は、まさにこれまでの権威を失墜していくことになっていきした。またこうした変化とともにTさんの慢性的な抑うつ状態は寛解し、自殺念慮も全く消えていきました。