「真の自己」に向かって自己意識が発達すると論じるホロニカル心理学は、禅のように個的自己を超えた超個的存在としの「真の自己」を志向するという点において、哲学的・宗教的な世界観として捉えることができます。しかし、この立場はあくまでも価値的・意味的な志向であり、科学的見解とは異なる領域に属します。
近年注目されている「仏教モダニズム」は、伝統的仏教における形而上学的側面や儀礼的な要素を排除し、瞑想における脳科学的・合理主義的側面を強調する傾向があります。たとえば、マインドフルネス実践時に観察される脳活動の変容を科学的に可視化する試みは、一見すると、主観的な自己超越体験に対して客観的な説明を与えているように思われます。
しかしながら、こうした脳科学的なデータは、主観的体験の“質”や、その意味・意義までを科学的に論証したとは言えません。脳の可視的変化と内的体験の質的変容とは、必ずしも一対一で対応するものではなく、客観と主観を架橋するには限界があることは否定できません。
したがって、禅において説かれる“自己超越的な真の自己への覚醒”という経験を語る際には、それを無理に「科学的」であるかのように装うのではなく、むしろ意味的・哲学的な体験の重層性として正面から論じることが大切であると考えます。
この観点において、エヴァン・トンプソンが指摘する「仏教は心の科学である」とする「仏教モダニズム」への批判的検討には、耳を傾ける価値があるでしょう。彼は、仏教の体験的・意味的次元を、科学の枠組みだけで捉えることの限界を強調しています。
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