ホロニカル心理学の統合性について

ホロニカルな“こころ”(心理相談室こころ発行)

ホロニカル心理学が「心理社会的統合アプローチ」と表現するときの「統合」とは、複数の理論や技法を一つの体系へまとめ上げたということではありません。また、既存の心理療法、社会的支援法、宗教的思想や実践を、一つの上位体系へ統合しようとしたものではありません。

“こころ”に関係する宗教学、哲学、心理学、教育学、社会学、自然科学、倫理学・・・・・・には、それぞれ固有の歴史や文化的背景があり、“こころ”や人間、世界についても異なる捉え方があります。ホロニカル心理学は、こうした差異を解消したり、どれか一つの考え方へ還元したりするのではなく、それぞれの固有性を保ったまま相互に関連づけ、実践に生かすことを目指します。

具体的には、多層多次元にわたって立ち顕れる現象世界を、観察主体と観察対象との関係の違いという観点から俯瞰します。観察主体と観察対象との組み合わせが異なれば、そこに立ち顕れる世界も異なります。そのことを実感・自覚し、それぞれの差異を排除することなく相互に照らし合わせることによって、一つの現象のなかに多様な現象が包摂されると同時に、多様な現象のなかにも一つの現象が包摂されていることが見えてきます。

すなわち、ミクロな現象がマクロな現象に包摂されると同時に、マクロな現象もまたミクロな現象のうちに見いだされてきます。ホロニカル論に基づくホロニカル心理学では、すべての現象が、このような一即多・多即一の相互包摂的な関係にある出来事として立ち顕れていると考えます。そして、この仮説のもとに実践と研究を積み重ねていきます。

したがって、ホロニカル心理学が俯瞰のなかで問うのは、どの理論や技法が最も優れているかということではありません。むしろ、どのような観察主体と観察対象との関係において、生きづらさが少しでも生きやすい方向へ変容していくのかを、無批判・無評価・無解釈を基本とする観察主体の立場から俯瞰していきます。その過程を通して、人と人とが、それぞれに立ち顕れている直接体験と、その変容のプロセスについて、実感と自覚を深めていくことを大切にします。

また、ホロニカル心理学では、“こころ”を個人の内側に所有される心理的な働きとしてだけ捉えるのではありません。“こころ”とは、自己と世界とが不一致と一致を繰り返しながら、相互関係のなかで同時生成的に立ち顕れる根源的な働きのであると捉えます。

この“こころ”という場においては、観察主体と観察対象は、初めから固定的に分離して存在しているのではありません。両者は“こころ”の働きのなかで相互に関係づけられ、その関係のあり方に応じて、そのつど異なる現象世界を立ち顕れさせていると考えられます。

このようなパラダイムを“こころ”の捉え方の基礎とすることによって、異なる理論や技法を安易に混ぜ合わせることなく、それぞれが何を明らかにし、どのような場面で有効に働くのかを相互に照らし合わせることができます。それは、「役立ちそうなものを何でも取り入れる」という折衷的な姿勢ではありません。目の前の人に立ち顕れている自己と世界との関係に即して、それぞれの理論や技法がもつ意義と限界を見極めながら活用していく姿勢です。

したがって、ホロニカル心理学は、諸理論を一つの体系へまとめる「統合理論」というよりも、異なるパラダイムや文化的背景から生じる対立や矛盾を排除することなく、それぞれの差異と固有性を保ったまま、活用することのできる原論として位置づけられます。

ここでいう「統合」とは、差異を解消して一つにまとめることではありません。一即多・多即一の関係のなかで、異なるものが異なるまま相互に包摂し、働き合うことによって、より生きやすい方向への変容が開かれていくことを意味します。

ホロニカル論に基づくホロニカル心理学は、“こころ”とは何か、そして自己・世界がどのように立ち顕れるのかを捉えるための原論に相当します。一方、ホロニカル・アプローチは、この原論に基づく実践論として位置づけられます。

したがって、ホロニカル・アプローチでは、独自の技法と既存のさまざまな理論・技法とを、それぞれの差異と固有性を保ったまま相互に関連づけます。そして、被支援者と支援者が、少しでも生きやすい方向を共創的に発見し、その人固有の人生において実践していくことを目指します。 それは、あらかじめ定められた「正しさ」や「正常」を目標とするのではなく、被支援者と支援者が、その人にとって少しでも生きやすい道を共創的に発見し創造していく実践であるといえます。