ホロニカル心理学が考える多様性と統合性

AIで作成

ホロニカル心理学では、一人ひとりが自らの生きる場において、自己と世界とのホロニカルな関係・・・・・・ミクロからマクロにわたる出来事の縁起的な相互包摂関係・・・・・・に目覚めながら生きていくことが重要だと考えます。

それは、宗教者であれ、政治家であれ、科学者であれ、芸術家であれ、市井に生きる人であれ、立場や役割を問いません。さらに視野を広げれば、人間だけでなく、動植物や微小な生命を含む、あらゆる存在にも通じるものです。

あらゆる存在は、一なる宇宙の多様な顕れであると同時に、それぞれの場において新たな関係と出来事を生み出し、次なる場の生成へと参与していると考えられるのです。普遍的真理とは、どこかに固定的な実体として「ある」ものではありません。それは、言葉や概念によって完全に捉えられるものではなく、自己と世界との関係を成り立たせている場の働きのなかから、そのつど立ち顕れ、実感・自覚されていくものだと考えられるのです。

ミクロからマクロに至る一切の出来事には、多様化と統合化、分解と合成という、一見すると相反する働きが相即的に作用しています。それらの働きを通して、それぞれの存在が自律性を保ちながら相互に関係し合い、その場の状況に応じて自己組織化することにより、新たな場が創り出されていっていると思われるのです。すなわち世界は、完成された固定的な実体として存在するのではなく、多様化と統合化を繰り返す動的なの働きとして、瞬間ごとに新たに立ち顕れていると考えられるのです。

こうしたパラダイムに立つならば、宗教が宗教の正しさのみを、政治が政治の正しさのみを、道徳が道徳の正しさのみを、法律が法律の正しさのみを、科学が科学の正しさのみを、そして心理学が心理学の正しさのみを唯一絶対のものとみなし、その場にいない人々にまで一方的に強要するとき、そこには大きな問題が生じます。

宗教、政治、道徳、法律、科学、心理学など、あらゆる価値観や知の体系は、それぞれに固有の価値と役割を持ちながら、一なる世界の多様な顕れとして相互に関係し合っています。したがって、いずれか一つが絶対的な優位を主張し、ほかの領域を自らの枠組みへと還元しようとするとき、世界の多様性と全体性は見失われ、さまざまな歪みや支障が生じることになるのです。

しかし、自らの見方や価値観を「唯一絶対のもの」と錯覚しやすい存在もまた、人間です。人間は、自然や宇宙から切り離された特別な存在ではなく、一なる世界を構成する多様な顕れの一つにほかなりません。

それゆえ、人間が自らの認識や価値観の限界を自覚し、異なる存在や世界の顕れに開かれながら、自然の一部として生きること。それこそが、ホロニカル心理学における最も根源的な倫理の一つだと考えます。

もちろん、この考え方そのものも唯一絶対の真理ではありません。あくまでも一つのパラダイムであり、今後の経験や対話、新たな知見との出会いによって、修正され、あるいは破棄される可能性をもつ仮説の一つにすぎないのです。