
私たちが日々実感できるものは、つまるところ、自己と世界との関係のなかに体験として立ち顕れているものだけだといえます。腑に落ちないものは、知的や空想的な理解に留まります。
それが精神的な意識活動によるものなのか、あるいは物理的な現象に基づくものなのかという議論には、さまざまな立場があります。しかし、どの立場に立つとしても、何らかの現象が「いま、ここで経験されている」という事実そのものは変わりません。精神現象と物理現象を区別し、それらを物質化・精神化・知的化して説明しようとする営みもまた、すでに“こころ”の働きのなかで生じている出来事にほかならないのといえます。
私たちは、自分が“こころ”を所有し、それを自由自在に動かしているかのように考えがちです。しかし実際には、私たちが意識や世界を一方的に動かしているだけではありません。むしろ、自己と世界との関係のなかで、私たち自身が動かされ、感じさせられ、考えさせられている側面があります。
ホロニカル心理学における“こころ”とは、個人が所有し、操作する精神的な機能ではありません。それは、自己と世界、精神現象と物理現象が、一瞬・一瞬、相互に関わりながら立ち顕れてくる根源的な働きであり、その生成の場です。
私たちが「実在している」と実感できるのは、現象について説明された概念や理論そのものではなく、実際に感じられ、経験されているところです。ホロニカル心理学では、この、まだ精神と物質、主体と対象とに分けられる以前の生きられた経験を「直接体験」と呼びます。それ以外の説明や理論は、この直接体験を分析し、意味づけることによって構成されたものだと考えます。
したがって、直接体験こそが、私たちに実在性をもたらす源泉であるといえます。同じ直接体験であっても、それをどのように分析し、解釈するかによって、さまざまな理論や世界観が生まれます。そして、直接体験のなかから特定の現象が感じ取られ、意識化され、自覚されるところに、意識現象が立ち顕れます。
ホロニカル心理学では、こうした意識現象を、物理現象から独立して存在するものとも、物理現象に一方的に還元できるものとも考えません。また物理現象も意識現象から独立して存在するとも、意識現象に一方的に還元できるものも考えません。意識現象と物理現象は、“こころ”の根源的な働きによって、自己と世界との関係のなかに、不可分の出来事として同時に生成し、立ち顕れていると捉えています。