
Xさんは、嫌な出来事ばかりに“こころ”を奪われています。その出来事を何度も思い返すうちに、ほかのことに目を向ける余裕がなくなってしまいました。少し安心できた時間や、誰かに支えられた経験があっても、今はなかなか思い出せません。嫌な出来事を思い出すほど苦しくなり、苦しくなるほど、また嫌な出来事ばかりが目に入ってしまうのです。
ホロニカル心理学では、こうした状態を、観察する自分と観察される出来事との関係が、苦しみを繰り返す一定のパターンに固定されていると捉えます。ただし、Xさんの見方だけに問題があるわけではありません。つらい出来事が今も続いていたり、周囲に理解してもらえなかったり、安心して過ごせる場所がなかったりすることも、その関係の固定化に関わっています。
こうしたとき、支援者が「もっと違う見方をしましょう」と促しても、Xさんは、自分の苦しさをわかってもらえないと感じるかもしれません。ホロニカル・アプローチでは、まず、Xさんがどのような状況を生き、何に苦しんでいるのかを共に確かめます。その上で、Xさんを苦しめている出来事と、その出来事に向き合うXさんとの関係を、一緒に俯瞰できる場を整えていきます。
ここで大切にするのが、無批判・無評価・無解釈の姿勢です。それは、危険な状況や不当な扱いを見過ごすことではありません。Xさんの体験をすぐに善悪で裁いたり、支援者の知識や解釈に当てはめたりせず、まずは、その人にどのように体験されているのかに触れようとする姿勢です。支援者自身も、自分の見方に固執していないか、自分の関わりがXさんにどのように受けとめられているかを問い直します。俯瞰は、支援者が一方的に教えるものではなく、二人の間で育まれる共同の営みです。「共創的俯瞰」とキワード化しています。
ABCモデルでは、自己と世界との不一致が体験されるところをA点、一致が体験されるところをB点、そして、不一致・一致や両者の関係を俯瞰する働きをC点として捉えます。Xさんの苦しさは、A点での体験に深く巻き込まれ、ほかの体験に触れる余地が失われている状態として理解できます。しかし、A点は排除すべき悪いところではありません。不一致の体験には、傷つきや満たされない願い、今の環境の問題など、生きていく上で見過ごせないことが含まれています。
支援では、その苦しさを大切に受けとめながら、少しほっとする時間や、無理を

せずに誰かといられる瞬間など、B点に当たる一致の体験にも触れていきます。それは、嫌な出来事をよい出来事に置き換えることでも、無理に前向きになることでもありません。苦しい体験が確かにありながら、それだけでは覆い尽くされていない日々の経験を、共に確かめていくことです。
C点も、苦しんでいる自分を高いところから見下ろす、固定した観察位置ではありません。体験に近づいたり、少し距離をとったり、身体の感覚に耳を澄ませたり、周囲との関係に目を向けたりしながら、自己と出来事との関係を柔軟に観ていく働きです。苦しみに深く触れるときもあれば、いったん離れて休むことが必要なときもあります。安心して戻れる場に支えられながら、その往還が少しずつ可能になっていきます。
この意味で、俯瞰は、自分の考え方を点検するメタ認知的な操作だけには収まりません。誰かに気持ちが伝わって身体の緊張がほどけたり、目の前の景色に我を忘れて見入ったりすることも、自己と世界との関係が変わる体験です。ホロニカル心理学の俯瞰には、観察する自己と観察される対象との隔たりが消え、出来事そのものとして生きられる無我の瞬間も含まれます。ただし、そうした体験を特別な到達目標として求めるのではなく、一瞬・一瞬の体験に開かれていることを大切にします。
こうした関わりの中で、Xさんは、「今はあの出来事にのみ込まれている」「この人と話していると少し安心できる」と、自分の体験の違いに気づくかもしれません。怒りしか感じられなかったところに、悲しさや寂しさ、わかってほしかった気持ちが見えてくることもあります。その気づきは、誰かに助けを求めることや、負担の大きい関係から距離をとること、自分に合った過ごし方を探すことにつながる可能性があります。
同時に、支援者や周囲の人にも変化が求められます。Xさんを取り巻く関係や生活条件に苦痛の原因があるなら、その環境に働きかけることが必要です。本人が見方を変えることと、周囲が関わり方を変えることは、切り離せません。ホロニカル心理学が“こころ”を、個人の内部に閉じたものではなく、自己と世界が出あう場の働きとして捉えるのは、このためです。
変化は、いつも一直線に進むわけではありません。いったん楽になっても、再び苦しみに巻き込まれることがあります。それでも、そのつど体験を共に確かめ直せる場があることで、これまでとは少し違う応答が生まれる可能性があります。持続的な変化を支えるのは、常に自分を観察し、調整し続ける努力だけではありません。不一致・一致を繰り返しながら、必要なときには支えを受け、自分と世界との関係を結び直していけることです。そうした過程を通して、より生きやすい自己の自己組織化が促され、人生の道が発見・創造されていきます。持続的で確かな変容とは、自己意識の発達に裏付けられた自己意識の深化が伴っていることで可能になるといえます。
「めがねをゆるめる」とは、自分がなじんできた見方を少し手放し、これまで気づかなかった体験に開かれることです。「ホロニカルめがね」も、いつでも正しく見える特別なめがねではありません。自分の見方に気づき、ほかの見方にも触れ、ときには、見る自分を意識することさえ忘れて出来事に出あう。そのような柔軟さを表す比喩です。つらいときには、一人でめがねを掛け換えようとしなくてもよいのです。誰かと一緒に眺めてみるところから、自己と世界との新たな出あいが始まることもあります。