IT(それ)
「名づけられないも」を名づける矛盾を承知の必要性から、「IT(それ)」と名づけられました。古来、神・仏とか言われるものと同じ類概念です。近代以降は、科学の目になったといえます。
「IT(それ)」と命名した理由は、神・真実在・真理・宇宙・世界などと名を与えると、名を与えた途端、言葉を産み出している文化・歴史の影響を排除しきれなくなるからです。 自己とは、身体的自己である限り命ある有限の存在ですが、トランスパーソナル的な(超個人的)な存在でもあり、そのことを「IT(それ)」との出会いの体験を通じて実感・自覚します。
「IT(それ)」を実感すると、孤独な存在ではないことを実感・自覚します。
観察する主体としての私の意識が強すぎると「IT(それ)」は体感できにくく、むしろ無我・無心の時の方が、観察する主体と観察対象の境界が無境界(ホロニカル体験)となって、すべてを包摂するものとしての「IT(それ)」を体験しやすくなります。
「IT(それ)」は、自己の自己組織化における統覚的統合作用をもち、究極的には、「IT(それ)」の働く根源的な場が、「絶対無」「空」であることへの気づきをもたらしていきます。その瞬間は、IT(それ)=絶対無=空)となりますが、この時には、自己と世界は無境界的になっており、もはや自己も世界も区別もないともいえます。