身体的な内的体感への焦点化

身体についての内的体感を少しでも直覚できるように支援することが、心的問題や症状の変容の契機になる人たちがいます。虚無感が強く、厭世的で、離人感が強く、無感覚的で、失感情的で、慢性的に受動的な態度が強い人たちです。そうした振る舞いは、一見、うつ病か、何事にもやる気のない人と勘違いされ、その誤解がさらに社会的な孤立化を招いています。しかし、こうした人の中には、その生育歴において乳幼児期から極めて苛酷な環境に育ってきた人がいることがわかってきています。

苛酷な環境は、ホロニカル心理学的には、適切な内我の形成を阻害しがちと考えています。
内我が育たないと、自己の生きる希望が枯渇しやすく、適切な自己自己組織化のためのエネルギーが乏しい生き方になってしまいます。受動的生き方は、内的体感をあるがままに内我が直覚する機会すら奪われたことに由来します。

内我が内的体感をほどよく直覚できるようになるためには、適切な保護的対象による照らし返しと、身体的なホールド(アタッチメント)の機会を得る必要があります。自己は、自己と世界の不一致・一致の非連続的連続の出あいに伴う、緊張と弛緩、空腹と満腹、不快と快感、痛みと心地よさ、恐怖と安堵などのすべてが、同一の身体的自己内の出来事として、自己の耐性能力内で自己受容できるようになることが大切なのです。しかしそのためには、刻々変化する断片的直接体験のすべてに対して、調律性をもって共鳴・共振しながら穏やかに照らし返してくれる適切で保護的な他者がいるのです。内我は、安全で安心できる適切な保護的対象に支えられて、はじめてその調整能力を内我の働きとして取り込むことができます。取り込みによって、あたかも天国から地獄に至るまでの様々な断片的直接体験を、内我は、同一の身体的自己に起きた出来事として自らにほどよく統合することができるようになるのです。

しかし、何らかの事情で苛酷な環境に育った人たちは、それが叶わなかったのです。その結果が、刻々微妙に変化する断片的直接体験を、同一上の身体的な内的体感として統合ができぬまま、生き方は極めて状況依存的で受動性が高く、自己同一性にも欠け、主体的な意欲が乏しく無気力となり、適切な自己を自己組織化する生命エネルギーに欠けた生き方になってしまっているのです。さらに無気力や無感動に伴う気分は、いずれ外我が内在化する不適切なホロニカル主体(理)、すなわち苛酷か、または支配的な価値観と深く結びついていってしまいます。すると、「自分など生きている価値などない」「自分は何もできない」「自分は何もしようとすらしない」「自分は何も考えられない」と、存在自体を強烈に否定する言動を執拗に繰り返すことになります。支援者からみれば、苛酷な環境にあっても生き延びてきた勇者にみえても、当の本人は、過剰なまでに頑固に自己否定的なのです。まさに、「今・現在」が、「過去のトラウマ」に常に支配されたままの生き方となってしまっているのです。

こうなると、外我が内在化する非合理的な信念(不適切なホロニカル主体:理)の修正はもはや困難です。もっと身体的レベルで、あるがままの直接体験を照らし返され、ホールドされるような内的体感獲得の機会が必要になります。理性を司る脳の働きではなく、もっと情動を司る哺乳類の脳といわれている働き、いや、もっと生命の危機に反射的に対応するは虫類の脳の働きのレベルが、安全感・安心感を実感できることが大切になるのです。そのためには、様々な内的体感を被支援者自らが自分のものとしていくことを可能とするような場の保障とアプローチが必要となるのです。安全で安心でき、ほどよい身体的な内的体験の直覚の統合的累積によって、神経・生理学的な過覚醒や低覚醒を被支援者自らが適切に調整できるような内我が強化されていく必要があるのです。

これまでの心理・社会的支援は、感情や思考に焦点を合わせ、内省・洞察・分析に基づく意識化を重視する対話療法的要素が強かったといえます。しかし、上記のような人に対しては、もっと非言語的で身体的(ソマティック)な内的体感に焦点を合わせていくことが大切になります。そのためには支援者が、適切な保護者の役割を担うことが大切になります。

そのためには、被支援者自身による内的体験の直覚の促進がポイントです。具体的には、自己と世界の不一致・一致の出あいの瞬間・瞬間における時々刻々変化する身体感覚の実感の促進、または増幅・拡充です。心拍数の変化、脈の変化、呼気の変化、血流の変化、瞳孔の変化、皮膚感覚の変化、筋感覚の変化、内部受容感覚の変化、姿勢の変化、仕草の変化など、身体に関する微細な内的体感の変化を察知できるように支援します。微細な変容の増幅・拡充を図り、被支援者が微妙な変化を実感・自覚できるようにし、そうした内的体感が、ほどよく自己内の耐性領域ないに収まるようにする調整能力を身につけるのを徹底的に支援することが大切になります。もし耐性領域の閾値を超えるような内的体感が布置したら、その恐怖不安が少しでも軽減する対処を共同研究的に模索します。ホロニカル・アプローチABCモデルによる三点法などを活用するのも有効です。

内我による身体的な内的体感の直覚の促進は、身体的自己と深く結びついた気分の変容をやがて内我にもたらします。身体的な内的体験と情動・感情がとても密接な関係にあることを実感するようになってくると、少しづつ喜怒哀楽や実存感や自明性を実感する内我にやがてなっていきます。すると、他者との情緒的な共鳴・共振に欠け気味だった人が、少しずつ他者の気持ちを推量したり、他者に感情移入したりすることができるように変容していくことが可能になります。