「ただ観察」(7)

ホロニカル•アプローチの技法の一つに「ただ観察」があります。

「ただ観察」とは、あらゆる判断や言葉による分別を一時的に停止し、あるがままに現象を主客合一的に了解することです。「なんとかしよう」とせず、無分節的にすべてをあるがままに直覚することです。

一瞬一瞬の出来事には、すべてが含まれています。しかも、実在する世界は、すべてが非連続な瞬間・瞬間の連続する世界です。したがって、観察主体が、ある姿勢や仕草といったある内的体感を観察対象として選択し焦点化したときにも、ある姿勢や仕草には、ある気分やある認知が包摂されていると考えられるのです。しかも、すべては時々刻々と微妙に変化しています。

変化の度合いは、感覚運動的な変容がもっとも迅速に変化します。その次に、感覚運動的な変容と密接な関係をもっている気分が変化します。そして最も認知の変化が時間を要します。

自己は世界との不一致・一致の繰り返しの中で、感覚運動、気分、認知は時々刻々変化しながら、お互いに密接なネットワークを構成しながら、多様な自己照合システム自己組織化しています。そうすることで自己は、もっとも効率よく自己と世界がより一致する方向に向かって自己及び世界を変容させているわけです。

しかし、頑固な心的症状や問題を抱えている被支援者ほど、柔軟性を失った自己と世界の不一致をもたらす強迫反復的な悪循環する自己照合システムを自己組織化してしまっています。こうした場合は、ある身体的構えとある気分とある認知が、可塑性・柔軟性欠く固着的な自己照合システムを形成しているわけです。

ホロニカル・アプローチでは、こうした悪循環に対して、まず被支援者自身の感覚運動的な内的体感について、非判断的に共鳴的に同調していきます。その上で、<そのとても嫌な出来事を思い出し始めると、あなたの身体には一体どんな変化が起きてきますか>と気分や認知ばかりでなく、内的体感に関する質問を積極的にします。すると被支援者自身の観察主体が、不一致の出来事を想起するだけで、「今・ここ」において、どんな内的体感が起きてくるかを観察し始めます。この時、支援者は、被支援者の微細な身体の内的体感に対して、ひたすら何ら解釈や分析をすることなく支持的に共鳴しながら、被支援の内的体感を鏡映し続けていきます。すると、被支援者は、微妙かつ繊細に変化する身体的なる内的体感を観察し続けはじめます。すると被支援者の観察主体は、自己違和的な内的体験をあるがままに引き受けはじめます。この現象は、精神分析では、ホールディング(Winnicott,1990)、コンテイメント( Bion ,1962)と呼ばれるものです。

逆説的に不一致の一致が支援の場に布置し始めたら、支援者は被支援者の過去及び現在の自己と世界が一致の体験(ホロニカル体験)に積極的に関心を向けていきます。すると、ホロニカル体験の布置の瞬間に、被支援者には、「今・ここ」において、自己と世界の一致の直接体験に伴う自己照合が作動し出します。

一致の体験にもっとも迅速に反応するのが感覚運動的な内的体感です。緊張の弛緩、呼吸や脈の安定化、過覚醒や低覚醒の安定化などの変化です。次に支援者の支持的理解と内的体感の変化に伴い、陰性の感情から新たな陽性感情が布置してきます。不一致・一致を執拗に繰り返しながらも、一致のホロニカル体験を蓄積していく中で、次第に不適切な認知に代わる適切な新しい認知が形成成されはじめます。一度、適切な認知の枠組みが形成されると、自己と世界の一致に向かって適切な自己を自己組織化することがより可能になってきます。