無とは

唯物論的科学の論理では、死は全てが無に帰すると断定的な言い回しで語られます。ではそもそも存在と意識のゼロポイントとでもいえる無とは何かについて科学者の多くは積極的に語ろうとはしません。物質(脳神経作用)から精神ができているとする唯物論の立場に立つ人も、物質がいかなるものかについて説明しきれていません。むしろ、量子の場理論の登場によって究極の粒子が物質といえるのかどうかすら怪しくなりつつあります。

また死後の世界について語る宗教も、科学的思考に慣れた現代人が納得できる形で、死や無について語り切れているように思われません。

そして心理学も、また、“こころ”のさまざまな現象について対象論理的に深く分析してきたとはいえ、意識や“こころ”の起源や死との関係について積極的に語ることは、やはり避けてきたように思われます。

しかしながら、“こころ”や生死の意味の問いは、誰にとっても重要なテーマです

そしてこうした問いの究極は、「存在と意識のゼロポイント」「絶対無(空)」とはいかなるものかという根源的問いになります。

ホロニカル心理学では、「無」についての根源的問いは、生き方や世界観の大きな差になるとことから積極的な関心を向けています。