
学問とは、何らかの対象について、その仕組みや法則、真理を探究しようとする営みです。物理学は物質や宇宙を、生物学は生命を研究します。では、心理学は何を研究する学問なのでしょうか。一般には、心理学は「心理」や「行動」を研究する学問だと考えられています。しかし、心理学には、ほかの学問とは少し異なる不思議な特徴があります。それは、研究される“こころ”だけでなく、それを研究している側もまた、“こころ”の働きのなかにあるということです。心理学には、自己言及的自己再帰的な学問という特徴があるのです。
「不安とは何か」を研究している人自身も、不安を感じる一人の人間です。「自己とは何か」と考えている主体自身もまた、「自己とは何か」と問いながら生きています。つまり心理学では、研究するものと研究されるものとを、完全に切り離すことはできません。
ホロニカル心理学では、心理学を、ほかの学問と同じように「ある対象について研究する」という対象論理だけで捉えるのは不十分ではないかと考え、さらに一歩、問いを深めていきます。私たちは普通、「私が世界を見る」「私が相手を理解する」と考えます。しかし、本当に最初から「私」と「世界」は、互いに切り離されたものとして存在しているのでしょうか。
ホロニカル心理学では、“こころ”を、単に個人の内側にある心理機能とは考えません。“こころ”とは、自己と世界、主体と対象が、一瞬・一瞬の出来事として立ち顕れてくる根源的な働き、あるいは「場」であると捉えます。つまり、最初から主体と対象が別々に存在しているのではなく、“こころ”の働きのなかから、主体と対象が分かれて立ち顕れてくると考えるのです。
例えば、「私は悲しい」という体験があります。その瞬間には、まだ「悲しみを見ている私」と「見られている悲しみ」とが、はっきり分かれていないことがあります。ただ悲しい。ただ苦しい。その直接体験そのものが、一つの世界として立ち顕れています。しかし次の瞬間、「私は今、悲しんでいる」と、自分の状態を見つめることができます。そこには、見る私と見られる私という、主体と対象の分化が生まれています。さらに、「私は、自分が悲しんでいることに気づいている」と、一段離れたところから自分を見ることもできます。
ここで重要なのは、「見ている主体」が、最初から固定された何かとして存在していると考えないことです。見る私も、見られる私も、悲しみも、それを取り巻く世界も、一瞬・一瞬、“こころ”の働きのなかに立ち顕れている出来事だと考えることができます。そう考えると、心理学は、単に「“こころ”という対象を外側から研究する学問」ではなくなります。むしろ、“こころ”が、その働きのなかに自己と世界を立ち顕れさせながら、自らの働きを探究している学問だと捉えることができるのです。
ここに、心理学という学問に固有の難しさがあります。
研究者が何かを観察し、「これは不安である」「これは適応的である」「これは問題である」と語るとき、その言葉や判断もまた、研究者の立場や価値観、知識、体験を含む“こころ”の働きのなかから生まれています。だから心理学では、観察する対象だけを見るのではなく、「私は、どのような立場から、この現象を見ているのか」「私の見方は、この現象の立ち顕れ方に、どのように関わっているのか」と問う必要があります。
このことは、心理社会的支援においても同じです。支援者が「この人はこういう人だ」「この行動には、このような原因がある」と理解したとしても、それは被支援者の直接体験そのものではありません。それは、支援者という立場から、一定の言葉や専門的知識を通して構成された、一つの理解です。だからこそ支援者には、相手を理解しようとすると同時に、「私は今、相手をどのように理解しているのか」「この理解の仕方によって、相手との関係に何が生じているのか」を見つめる姿勢が必要になるのだと思います。
ホロニカル心理学から見れば、主体と対象は、最初から固定された二つの存在ではありません。自己と世界、見るものと見られるもの、支援者と被支援者。それらは、互いに異なる存在でありながら、同時に一つの“こころ”の場において、関係し合いながら立ち顕れています。それは、一即多・多即一と表すことのできる関係です。一つの“こころ”の場から多様な自己と世界が立ち顕れ、その多様な自己と世界の一つひとつが、また“こころ”の場全体を映し出しています。
心理学が探究すべきなのは、単に「個人の内側に何があるのか」だけではないといえます。自己と世界がどのように立ち顕れ、分かれ、関係し合い、そして再び一つの直接体験として生きられるのか。その生成のあり方そのものが、心理学の根本的な研究対象になるのではないでしょうか。
心理学は、“こころ”を研究する学問です。しかし、ホロニカル心理学の立場から見るなら、さらに次のようにいえるのかもしれません。心理学とは、“こころ”が自己と世界を生み出しながら、“こころ”自身の働きを探究していく学問であるという不思議さのなかに、心理学という学問の固有の難しさと、尽きることのない深さがあるように思います。