我(現実主体)と自己は区別されます。「我」という概念を、身体的自己のうちに成立する個人の意識の中心のような「小さな自己」と理解する時、「小さな自己」を包摂し、かつ超え、歴史や文化の影響を無意識レベルで受けている「自己」が考えられます。個人意識の中心としての「我」は、無意識と身体を含んだ「自己」から発達的に形成されたと考えられるのです。
臨床心理学の世界では、かつて「自我同一性」の確立の重要性が強調されました。しかし、ここ30年余りで社会は大きく変動し、その結果、指数関数的に変動していく高度情報化社会は、「自我同一性」の維持どころか、「自己同一性」の維持すら難しくしてきています。価値の多元化と高度情報化が加速度的に変化していく社会は、伝統的社会と比較するまでもなく、明らかに安定性に欠きます。社会的文脈が不安定ということは、場所が多元化・多様化しカオス化することを意味します。カオスの中では、誰もが多元化・多様化の中で、自らが異なる顔をその場その場に合わせて振る舞うようになってきているのです。例えば、一人の大人が、同じ時期に、いろいろな顔を見せます。子どもの前での顔、連れ合いの前での顔、友人の前での顔、仕事での顔など、社会的文脈が異なる毎に異なる顔を示すようになってきているのです。相手や社会的状況の差違によって、自己の振る舞いが、状況依存的で、意識的・無意識的を問わず異なるようになってきているのです。