絶対無(空)(3)

“こころ”が、仏教でいう「空(くう)」や西田哲学でいう「絶対無」と相似的な根源的なであることを深く実感するとき、生と死をめぐる苦悩は、絶対無と絶対有(相対有と相対無との絶対的矛盾を内包しながら、多層多次元自己組織化し続ける世界全体)との関係の中で生起する出来事であることを、より深く自覚するようになります。

この実感・自覚は、自己が、個別的で有限な自己という存在であるという枠組みを超えて、自己と世界との関係性を含む自己超越的な存在でもあることへの気づきに開かれていく契機となります。

“こころ”が「空」あるいは「絶対無」に相当するということは、“こころ”とは固定された実体ではなく、自己と世界との関係が絶えず生成・変容し続ける根源的な場であることを意味します。個としての自己は、生と死という絶対的矛盾を包摂する世界の中に生きているといえるのです。

生と死をめぐる苦悩は、このような矛盾や対立を排除しようとする働きから生じます。しかし、“こころ”が空なる場として働くことを深く実感・自覚することで、私たちはその矛盾や対立を排除するのではなく、あるがままに受け入れ、生死の緊張関係の中から新たな自己の自己組織化を促進していくことができます。

ホロニカル心理学では、このような自己組織化のプロセスを、個と全体との往還運動として捉えます。苦悩は破綻を意味するものではなく、自己と世界との関係が新たな秩序を生成・変容していく契機でもあります。

“こころ”は、絶対有として展開する世界の矛盾や対立を内在化し、それらを包摂しながら、自己と世界との関係が多層多次元に自己組織化し続ける根源的な場として理解されるのです。