「エス」と「IT(それ)」(3)

「IT(それ)」は、ホロニカル主体のような論理的な思惟の理を包摂し、一切合切を一挙に把握する直覚的理性のことです。「IT(それ)」とは、本来名づけることのできない言詮不及の体験知的に覚知する以外あり得ないものに対して表現する必要性から生まれた仮名(けみょう)です。「IT(それ)」は、歴史上、「真如」「道」「空」「光」「無」「一者」など名が与えられてきています。これらの名の違いは、根源的には同じ叡智的直観をそれぞれの言葉の根源的イマージュの差異によって表現することからくる違いと仮定されますが、このことは今後心理学的対話を通じて明らかにしていく必要があると考えています。

ホロニカル主体(理)は、森羅万象の分別の基準となり、自己と世界の間の不一致をもたらしますが、「IT(それ)」は、自己と世界の関係の自己と世界の無境界的一致をもたらす叡智的覚知体といえます。

「IT(それ)」に対して「エス」は、個別化を志向し、生成と破壊を司る存在エネルギーのことです。

自己と世界は、「エス」と「IT(それ)」の双面性が相矛盾しながらも同一にあることによってそれぞれ自発自展しています。

ホロニカル心理学が考える“こころ”とは、「エス」と「IT(それ)」が相矛盾しながらも同一に働くフィールド(場)のようなものと考えています。

「エス」と「IT(それ)」は、絶対無(空)が絶対無自身を自己否定するという絶対的自己矛盾によって生まれ、「エス」の働きが無限の多の生成消滅を司り、「IT(それ)」の全総覧的全一的な働きがすべてを統合することによって、自己と世界の不一致・一致の直接体験という実在世界が創造されています。