観察問題:「自由無礙の俯瞰」

Niels_Bohr

人間の意識を超えたところに客観的世界があるという考え方があります。有名な天才物理学者のアインシュタイン(1879-1955)も、そのように考えていたようです。

しかし観察したときに現実が確定するという考え方があります。ニールス・ボーア(1885-1962)らによる量子力学的解釈です。

量子力学の解釈をめぐっては、アインシュタインとボーアは激しい論争を繰り返しました。が現代社会は、量子論的解釈を使った理論や先端科学や科学技術が飛躍的に進んでいます。

観測問題は、“こころ”の現象を観察する上においても、とても相似的であるとホロニカル心理学では考えます。

Aさんが、言葉で上手く表現できないような何らかの生きづらさを感じているとします。このとき、Aさんは、自分の問題解決能力に対して自信がなく、生きづらさの原因は自分自身に問題があると考えていました。しかし、Aさんは、BさんからAさんに生きづらさをもたらしている原因は、Aさん自身に原因があるのではなく、過酷な職場の環境のせいと指摘され、Aさんも劣悪な職場環境が問題の原因だったのかと考え方を変えていき始めました。しかしAさんは、Cさんによって、今の状態はすぐにでも精神科に行って薬をもらった方がよいといわれ、精神科を受診するとうつ状態と診断され投薬治療を勧奨され、Aさんは生きづらさは、自分の病気のせいだったのかとも思うようになりました。しかし、色々な人に相談すればするほどわけがわからなくなってしまいました。

実は、“こころ”の問題を巡っては、このような混乱が日常茶飯事のように繰り返されています。

“こころ”の問題の原因探しを巡っては、いかなる観察主体が、いかなるものを観察対象として、いかに観察しようとするかが、すべて観察結果に影響を与えてしまうのです。

量子論的解釈に似て、観察行為が観察結果を決定し、観察行為が観察結果を構成してしまうのです。

“こころ”の現象の理解においては、主観を客観から完全に排除する事は不可能と考えられます。たとえ、客観的に観察しているつもりでも、そうした観察行為が主観的態度の一つでしかないといえるのです。

こうした観察主体と観察対象の関係性の不確定性による混乱を認めるとき、それでもできるだけ主観に観察結果への影響を少なくするためには、関係主体と観察対象の組み合わせによる差異を含む新しいパラダイムを構築する必要があります。

ホロニカル心理学では、観察主体と観察対象の関係を固定させることなく、観察主体と観察対象の組み合わせの違いによるこころの現象への変容を含み、すべての現象を「自由無碍の俯瞰」によってあるがままに実感・自覚していくことによって、この問題をできるだけ統合的観点から扱うことが可能になるのではないか考えています。

観察主体と観察対象の関係を含んで、すべてを「自由無碍の俯瞰」によってあるがままに自己及び世界との関係の実感・自覚を深化させることが重要というホロニカル心理学のパラダイムは、まさに観察問題から創発された概念なのです。

意識を離れ観察するという行為が成り立たない以上、観察主体と観察対象の不致と一致の組み合わせによる変化そのものを自由無碍な俯瞰によって実感・自覚を深めていく態度を重視することの大切さを提起しているのです。