適切な観察主体(4):適切な観察主体による俯瞰

「三つ子の魂百まで」ということわざに象徴されるように、0歳から3歳までの間の育ちが、人格形成上、決定的であり、しかも臨界期をもつかのような言説があります。私も若い頃は、発達心理学、精神病理学などを学ぶ中で、漠然とそのような考え方をもっていました。

しかし、ホロニカル・アプローチを実践していると、たとえ、幼少期の逆境環境や精神疾患や障害が影響して、不適切な観察主体を形成している被支援者にあっても、それ相当の時間と周囲から的確な対応を根気よく続けていくことができるならば、人格や性格形成に深く影響する「適切な観察主体」をクライエントが内在化していくことは、いつの年齢からでも可能であるとの確証を持つようになってきています。

ただし、そのためには、周囲の支援者自身が、被支援者の不適切な観察主体と観察対象との間でおきている悪循環パターンに対して、あるがままに俯瞰ができる力を養うことが必要になります。しかし、そのあるがままに俯瞰することが、そう簡単ではありません。そうした態度を養うためには、どんな被支援者の言動に、支援者自身が刺激されて批判的・評価的・解釈的態度に変容してしまうかを自らを無批判・無評価・無解釈の立場から俯瞰し、支援者の観察態度を変容させていくことが大切になります。

こうした支援者の観察主体に自由無礙の俯瞰の働きが一瞬でも布置している限りにおいて、やがて被支援者の観察主体は、支援者の俯瞰する適切な観察主体に共振・共鳴しだし、支援者の態度を自らに映し、その態度を取り込みはじめます。

すると被支援者と支援者の関係は、支援される人と支援する人という関係から、共同研究的協働関係(共創的関係)に変化しだします。そして、やがてこうした共創的俯瞰関係そのものが、被支援者の適切な観察主体の内在化を促進していくことを可能とするのです。

また、仮に被支援者自身に俯瞰する適切な観察主体を内在化する力が弱くても、被支援者の生活の場に共に生きる人たちが共創的俯瞰を可能としているならば、被支援者は、安全で安心できる生活の場で、適切な自己の自己組織化が可能になるのです。

が共創的俯瞰能力をもっているような安全で安心できる生活の場ならば、障害や疾患を抱えていても適切な自己の自己組織化が可能となるのです。

このことを見方を変えれば、障害や疾患を持っている人たちが適切な自己を自己組織化できるような生活の場は、誰でも「適切な観察主体による俯瞰」が布置する力を場自体がもっていることを証明しているといえます。