
西田哲学が説く絶対無の場所では、主観と客観の区別が存在しません。見るものと見られるもの、観察主体と観察対象の関係も無境界となります。このように、すべての現象が無境界となるのが絶対無の場所です。
絶対無は、単なる虚無ではなく、むしろ絶対無から森羅万象の現象が立ち現れる働きといえます。絶対無は、観察対象として観察することはできず、自覚によってのみ知られます。このとき、自覚するのは我ではなく自己です。絶対無は、我の観察対象とすることができません。自覚するのは、絶対無から創造され絶対無に包摂されている絶対無の場所に生きる自己自身(場所的自己)です。絶対無は、仏教では般若心経の色即是空の空として覚知されてきています。
絶対無の場所から、見るものと見られるもの、主観と客観、観察主体と観察対象の区別が生まれます。そして、多層多次元にわたる現象世界(絶対有のこの宇宙)が自己の前に立ち現れてくるのです。絶対有はその根底に絶対無を持つと考えられます。したがって、絶対有から創造された個物としての自己(物質という有の現象と精神という無の現象からなる)は、死後に必ず絶対無に還ることになります。