妄想的気分への対応事例

ゴッホ

医療機関の紹介で来室中のAさん(40代男性)は、迫害妄想にまでは至らないものの語りの内容が不眠にまつわるテーマになった途端、面接室の隣の部屋での笑い声が微かに漏れ伝わってきた瞬間、驚愕反応を見せて身体を硬直させながら、「(私の)悪口を言っているように聞こえる」と口にします。その言い回しは、かつてのような確信的断定ではなくなったものの、不意の物音や人の声にとても過敏になり、しかも陰性の気分を相手の声に投影し、自分への悪口という形で自分に関連付けてしまいます。

こうした瞬間、ホロニカル・アプローチでは次のように対応します。Cは支援者です。

A:「誰かが私の悪口を言っているように聞こえる」
C:<不眠のテーマなど、少し嫌な記憶を思い出している時、外から笑い声が聞こえてきた途端、身体を硬直させながら、注意がそっちの方に注目してしまって、話題から逸れてしまうほど緊張されましたね><それでは、少し緊張をほどき気持ちを落ちつかせるために身体の過緊張状態を適度な緊張になるまで鎮めてみましょうか>
※ここで多くの支援者は、<私の悪口を言っているように聞こえるのですね>と支持的に応答し、<どんな気持ちになりましたか>と明確化を図ったところで、その内容が妄想的なもので了解不可能性が高いと判断すると、<それは辛いですね。ところで薬を服薬されてしますか>と、やんわりと投薬のテーマなどに話題を転換することが多いところですが、ホロニカル・アプローチでは、まずは「今・ここ」における身体の感覚の安定化、知覚過敏で過覚醒的な緊張反応が、ほどよい緊張の閾値内になるように身体の鎮静化を優先させます。

A:「はい」
C:<それでは・・「今・ここ」での身体がほどよく鎮まってくるまで、身体への「ただ観察」を実施してみてください>
※「ただ観察」を何度も実行しているAさんは、閉眼しながら丹田法による深呼吸を繰り返しているうちに明らかに落ち着いてきます)。
C:<何かをしようとかせず、ただひたすら、身体の興奮が静まってくるのを何もせずにただ観察していてください>
とさらに誘導します。
C:<落ち着いてきたと思ったら目を開けてください>
安定した身体感覚をAさん自身に主体的に実感・自覚してもらうために「ただ観察」の終了の判断をAさんに任せることも大切です。3~4分実施するAさん。いつもよりも心なしか長く深呼吸を行います。
A:にっこりと笑顔になって目を開けるAさん。
C:<いいですか>と穏やかにいう。
A:「ええ」と頷く。
C:<今は、身体はどんな感じですか>
A:「落ち着いています」
C:<それでは、今度は、今・ここをいつものように感じてみましょう>
A:「はい」

足の裏への集中、お尻への集中、音への集中を実施する。

C:<今、どんな音が聞こえましたか>
A:「エアコン、鳥の声」。そして先ほどと同じ「笑い声」
C:<笑い声は、自分のことを笑っている感じでしたか?>
A:「いいえ、まったく私とは関係はなかったです」と言い切ります。
この後も、面接の内容が誰かに監視されているかのようなテーマになる度に、同じことを何度も繰り返していきます。するとその度に、妄想的気分からの着想は和らいでいきます。

ポイント:気分のほどよい安定化(快で興奮しすぎでもなく、不快で抑うつ的になりすぎない)のためには、身体の過覚醒また低覚醒状態をほどよい適度な緊張状態にもっていくことが大切です。身体的自己は、基本的に生きている限り、自己と世界が一致する方向に自己を組織化する力を有していると考えられるからです。ホロニカル・アプローチは、身体の自然治癒力や回復力に焦点化することで、その力を最大限に引き出すことをポイントとしています。