頑固な心的問題や心的症状は、観察主体と多層多次元にわたる観察対象との関係を巡る自己相似的な反復強迫があります。こうした自己と世界の出あいの不一致の悪循環体験の積み重ねが頑固な心的問題や心的症状を形成しています。
また頑固な観察主体と観察対象の悪循環のフラクタル構造の形成の中核には、適切な自己の自己組織化を阻害する強烈な自己違和的な陰性感情を伴ったエピソードが発見されます。そうした体験は言語化が困難であり、自己違和的な体験となって全体的自己に上手く統合されないままの未消化な体験のままになっています。
強いて陰性感情を言語化するならば、強烈な恐怖、絶望、憤怒や罪悪感などです。しかもこれらの陰性感情は、生理神経学的な過覚醒から低覚醒、身体反応的な過緊張からの麻痺、自己内や自己外に向けられる激しい破壊衝動などと不可分一体になっています。
この強烈な陰性感情を伴った自己違和感が、多層多次元にわたる適切な自己組織化を阻害し、多層多次元にわたる観察主体と観察対象との観察の不一致という悪循環をさらに強化する自己相似的構造を形成しています。
ホロニカル・アプローチでは、頑固な心的問題や心的症状を扱う際には、自己相似的悪循環の中でも、もっとも観察主体と観察対象の悪循環の変容を期待できる具体的なテーマに焦点を当て、被支援者と支援者の共同研究的協働関係の中で変容を促進します。
支援者と被支援者が安全かつ安心できる場で悪循環パターンを共有できるとき、小さな変化は、やがて多層多次元にわたる悪循環パターンの変容のための意味のある創発ポイントになると考えられます。
以下の事例(実際の事例を元に構成的創作した事例:ノンフィクションフィクションです)では、夫婦関係の変容に向けて、誕生日プレゼントを通じて具体的な変容を実現することができました。
夫婦は長年にわたり、言動のすべてに対して強い陰性感情を抱きあっていました。しかしホロニカル・アプローチによる心理相談を通じて、長年の夫婦関係の見直すことができました。
夫婦合同面接の中で、妻は常に、「夫は、私の気持を察することができない人で、無口で、いつも何を考えているかわからない存在」と夫に抱いている陰性感情を激しい口調で吐き出し続けました。しかし、夫は無反応です。すると妻の激情はさらにエスカレートし、「この人は、いつも私は○○と指示しない限り、自ら何もしようともしない。今度の私の誕生日にも何が欲しいかを察することもできない。こんな人とは、もうやっていけない」と絶望的になります。しかし、夫は、ますます微動だにせず、一言も言い返すこともなく押し黙ったままでした。場の流れを変えるためにも、支援者は、夫の個別面接を提案し、夫婦の了解をえます。
夫との個別面接では、「自分は妻の言う通り、妻の気持ちを汲み取る力が弱く、妻が誕生日に一体何が欲しいかもまったく見当もつかない駄目な人間」と抑うつ的に語り、「妻をこれ以上苦しめるならば、離婚するか、いっそのことこの世から消えた方が良いではないかと思う」と自殺念慮すら口にします。
支援者は夫に尋ねます。<妻の誕生日に妻が歓びそうなものをプレゼントする意志は今でもありますか>と、すると、「勿論あります」と目を輝かせますが、「でもな何が喜ぶか妻がいうように想像もつきません」と頭を垂れます。
そこで<妻に聞くことはできないのですか>と。すると夫は、「それができるならここには来ません。聞けば妻はあなたはいつも自分では考えようとしないと怒り出すし、確かにそういうところがあると自覚しているので聞くことはできません」と絶望的状態を語りました。
妻の怒りは夫の絶望感と共に身体的には麻痺反応を引き起こし、夫は妻の前では、あたかも石にでもなったかのように無反応状態になってしまっていることが分かりました。夫婦関係の悪循環は、神経生理学的レベルの反応を含む多層多次元にわたっていると見立てられました。日常会話、性生活、子育て、家計、将来計画など、あらゆるテーマで合意なき消耗戦を繰り返していたのです。こうした見立ては、夫との個別面接で共有されました。そこで次の夫婦合同面接では、妻の誕生日プレゼントの決定を夫婦関係の変容のシンボルとする方針を、夫に提案し、夫の同意を得ます。
ただしプレゼントの決定を、夫婦合同面接で夫が質問しても、いつもの悪循環パターンに陥ることが予測されたため支援者が妻に尋ねるシナリオを夫と共作します。
作成されたシナリオ
<ご主人は、今度の奥さんの誕生日に、是非、奥さんの喜ぶプレゼントを購入したいとの強い意志をお持ちでした。しかし、ご主人は、奥さんのご指摘通り、奥さんの気持ちを察することができず悶々としてみえました。しかし、奥さんに聞くことは、いつものようにまた怒られるでのはないかと思うだけで、どうやら身体があたかも石のようなってしまうという身体症状まで出てしまう状態になっているとわかりました。そこで私がご主人の依頼で奥さんにお尋ねするのですが、一体、今度の誕生日では、奥さんは、何が欲しいですか?>
この事例では、多層多次元にわたる悪循環の中でも、もっとも変容見込みのある具体的テーマが、誕生日プレゼントに焦点化されたわけです。この時点では、上手くいくかどうか予測は不可能ですが、夫との検討の中では、もっとも大切でかつ達成見込みのある課題として支援者と被支援者が共同研究的協働関係によって共創的に決定しているところがホロニカル・アプローチの特徴です。
夫婦合同面接は、次のように展開しました。
まず、夫に伝えた先の見立てを再度夫婦合同の場でも伝え、その上で、夫婦関係の変容のためにも、誕生日プレゼントを<今日この場>で共創的に決定することの大切さを伝えます。すると妻も自分たちだけは改善の見込みがないいと思い夫を説得して来室した経緯を語り、「お願いします」と合意します。
支:<(再度、見立ての概略の伝達後)、そこで私(支援者)が、ご主人に頼まれて奥さんにお聞きするのですが、奥さんは今度の誕生日には何をプレゼントとされると嬉しいのですか? もし、よかったらこの場でお聞きかせいただけませんか?>
すると妻は、夫には視線をやらず面接室のテーブルの空中にでも呟くようにして、
妻:「バラの花です」と呟きます。
バラの花というシンプルな意外な返事に思わず支援者は、
支:<バラの花をご希望されたのはどんな思いからですか?>と質問します。すると、妻は、その後の夫婦関係を大きく変える契機になる動機を口にします。
妻:「この人は先生もすぐおわかりになったと思いますが、口下手で、無口で、人の気持ちを察する力が弱い人でした。この人のこんな感じは、結婚前からのことでした。でもあるとき、この人が突然バラの花束を握りしめて、僕と結婚してくださいと言ってくれたんです。こんな人が、こんな気の強い私にバラの花束を贈ってくれてプロポーズしてくれたんです」とかつての感激を思い出して語ります。
すると突然夫がその場に立ち上がり、次のように言い出します。
夫:「なんだバラの花束だったんだ。それでよかったんだ。俺は死ぬまでおまえと一緒に生きていきたい。もしもこんな俺でもいいなら、俺はバラの花束をプレゼントするよ」と、はっきり、かつ力強く妻をしっかりと見つめながら自分の思いを口にします。
すると今度は夫の勢いに押されながら、
妻:「でも、どうせあなたは、どこでバラを売っているかも知らないんでしょう」ときつい口調で愚痴っぽくいいます。
夫:「花屋位なら俺でも知っている。いつも一緒に行くスーパーの入り口のところにある。バラの花束でいいなら、俺一人でも買える。こんな俺の買ったバラの花束でもいいなら」と妻の言葉にひるむことなく断言します。すると妻は
妻:「こんな気の強い私でもいいの?」夫の愛を確かめます。すると、今度は夫が、
夫:「勿論だ。俺こそ、こんな俺でいいのか」と、もはや支援者の入り込む余地はなくなる展開になっていきます。
今回の面接を通じて、気づいたことについて尋ねると、
夫:「もっと妻を怖がらず、気が利かない自分だけど、自分なりに何が欲しいかを妻に尋ねればよかったと思いました」
妻:「もっと素直に夫に何が欲しいかを言ってこればよかった」
これに対して、
支:<でも、お二人とも一番苦手な点ですよね>とユーモアで指摘すると、3人で爆笑となって面接が終了します。
次の合同面接では、「これからは、自分たちでやってみたいと思います」と終了の申し出があり了解します。