観察主体と観察対象(4):不確定性 2026年10月1日2026年9月28日観察対象は、ただそこに固定的にあるものとして見えているのではなく、観察主体である私たちの観点によって、その姿を変えながら立ち顕われてくるのです。
専門用語は理解への橋か、それとも壁か 2026年10月1日2026年9月29日私は、生きた専門用語と死んだ専門用語があるように思います。生きた専門用語とは、人と人との対話を開く言葉です。一方で、死んだ専門用語とは、人を分類し、理解したつもりにさせてしまう言葉です。
「問題のある家庭」ではなく、「家庭の問題とする社会」があるのではないでしょうか。 2026年9月22日2026年9月20日支援とは、社会の側が一方的に内容を決めて提供するものではありません。必要とする人が社会資源やケアサービスへアクセスし、自ら選択できることを権利として社会が保障するものではないでしょうか。
共感と巻き込まれを俯瞰する 2026年9月22日2026年9月20日自分はいま何を感じ、どのような思いに突き動かされ、被支援者との関係のなかでどのように揺れているのか。その動きを無批判・無評価・無解釈に観察することによって、支援者は巻き込まれた状態から少しずつ距離を取り、関係全体を捉え直すことができます。
ホロニカル心理学が考える多様性と統合性 2026年9月15日2026年9月13日人間が自らの認識や価値観の限界を自覚し、異なる存在や世界の顕れに開かれながら、自然の一部として謙虚に生きること。それこそが、ホロニカル心理学における最も根源的な倫理の一つだと考えます。
支援する人も、支援されている・・・・・・問題の外在化がひらく相互変容 2026年9月15日2026年9月13日支援する人と支援される人が、ともにかけがえのない存在として出会い、互いの変容を促し合っていく。そのような場をつくることこそ、分断と対立が深まる現代社会に求められているのではないでしょうか。
格差社会では、憤怒はどこに向かうのか 2026年9月15日2026年9月15日多様な一人ひとりが全体を支え、全体がまた一人ひとりを包摂する「一即多・多即一」の関係です。そのような場が立ち上がるとき、義憤は自己や他者を破壊する怒りではなく、不均衡な関係を問い直し、誰もが少しでも生きやすい社会をともに創造する力へと変わっていくのではないでしょうか。
ホロニカル心理学の統合性について 2026年9月8日2026年9月7日ホロニカル論に基づくホロニカル心理学は、“こころ”とは何か、そして自己・世界がどのように立ち顕れるのかを捉えるための原論に相当します。一方、ホロニカル・アプローチは、この原論に基づく実践論として位置づけられます。
ホロニカル心理学からみたリカバリー 2026年9月1日2026年8月29日ホロニカル心理学は、さまざまな心的現象を、個人の内部だけに生じるものではなく、自己と世界との関係において立ち顕れる「場の出来事」として捉えます。
堂々めぐり(2):頑固な反復 2026年9月1日2026年8月26日対人支援の場では、被支援者が、どうしても納得できない過去の出来事を、つらい感情とともに何度も繰り返し語ることがあります。堂々めぐりです。
不安定なのは、その子ではなく“場”なのではないか? 2026年9月1日2026年8月28日子どもが大きく揺れていても、その揺れを受け止めながら、大人たちが一定の落ち着きと関係性を保つことができれば、子どもは少しずつ、その場の安定感を自らの内側へ取り込んでいくように見えます。