お知らせ

現在、新規の方の初回面接の予約が、ご希望の日時によっては、空きがない場合があることを、あらかじめご了承ください。

注1)心理相談室“こころ”のカウンセリングは、心理的悩みや問題に対して、来談者ご自身が、“こころ”の内的世界や外的世界を見つめ直すことによって、より生きやすい人生を創造的に歩んでいけるように、臨床心理学的方法によって支援するところです。したがって、医療機関のように、「治療」や「治す」ことを目的としておりません。当室のカウンセラー(臨床心理士)は、あくまで来談されたご自身の「こころとの対話」による自己理解や生き方の整理のためのサポーター役とご理解ください。また、精神科や心療内科などの医療機関に通院の場合は、カウンセリングの適否について、主治医の了解を必要とします。

注2)初回面接は90分ほどかかり、料金は10,800円となります。初回面接後、もし、継続となった場合は、初回面接を実施したカウンセラーが、そのまま担当し面接日時も初回面接を実施した曜日と時間帯をそのまま継続するのが原則です。無論、1回で終了したり、しばらく様子を見る場合もあります。

注3)ご不便をおかけしますが、日祝日・出張中・面接中は、電話に出ることができず、留守録対応となっています。留守録対応の時は、その都度、連絡可能時間帯等を案内していますので、ご参照ください。

お知らせ

2019/03/01/から<ホロニカル・マガジン>(http://kokoro.racoo.co.jp/magazine/)の無料配信がはじまっています。右上のMENUボンタンをクリックし、「マガジンをメールで購読」と進みメールアドレスを記入していただくと、月4回程度の<ホロニカル・マガジン>の更新をメールで自動受信できますのでご利用ください。

「危険じゃない」ときこそ「危険」

写真はインド・タラブックス「水のいきもの」から『旧友』

「これは危ないぞ」というときは、細心の注意を払い慎重になるので事故は起こらないと思う。問題は「まあ、これくらいならいいんじゃないか」と言うときに事故が起こるということ。
観葉植物の鉢を移動していたときに、「重そう」なものは腰を落として持ち上げてから移動。それよりかなり「軽そう」なものを、「これは軽いや」と思い、ひょっと鉢を持ち上げたとたん腰に違和感。その後数日、腰の激痛に悩まされるという事態になってしまった。

私の場合は「ま、これくらいならいいんじゃないか」のハードルをもう少しだけ上げ、「これくらいならいいんじゃないか、とは思うけど、念のため」と思った方がいいのではないかと、自己反省しています。

(定森露子)

“こころ”なき世界

柴田政哉さんの素潜りによる撮影

“こころ”なき世界は、無限の虚無の世界となります。
“こころ”なき世界は、自分と自己ばかりか自己と他者のつながりを喪失します。
“こころ”なき世界は、沈黙の祈りなき世界となって喧噪語と暴力が蔓延する世界となります。

私たちは信仰を問わずもう一度、“こころ”の原点に立ち戻り“永遠の今”に目覚める必要があるのではないでしょうか。

(定森恭司)

年末年始休業のお知らせ

平成30年12月26日(水)から、平成28年1月6日(日)まで、年末年始の休みとなっております。この期間内のお問い合わせ・メール等へのお返事は、1月7日(月)以降になることをご了解ください。

行ってみないとわからない

**写真は阿寒湖の夕日

今日、ついに名古屋は40度超えた!
「暑」という字すらみたくないので、涼しい話を。

先日、北海道に行ってきました。野付半島、根室、霧多布湿原、釧路、阿寒とまわりましたが、前日までの名古屋が暑すぎて、少し涼しいかもとは思ってはいても思いが至らず、用意した着替えでは涼しすぎて、寒かったです。久しぶりに楽に呼吸ができました。気温が低いだけではなく、空が広く、人や建物の少なさも涼しい気分にさせてくれていたようです。

北海道も外国観光客が増えたという話しもありますが、私が行ったところはどこも日本人、外国人ともに少なくて、個人的にはよかったのですが、地元経済からすると、もう少し多くの人にきてほしいかなとおもっているのでは。夏だけ道東に住むという人も増えているとかききます。いいねえ。食べ物安いし、おいしいし。

野付半島のネイチャーセンターでホタテバーガーセットを頼むときに、300にしますか?500にしますか?ときかれ、咄嗟になんのことかわからなかったけど、セットの牛乳のことでした。牛乳500も飲むのか?このあたりの人は?やっぱり行ってみないとわからないこと多いな。今は釧路に住む名古屋育ちの姪が、「夕方になると寒いけどがんばって半袖着てる。そうでないと、半袖着れないし」って言ってました。羨ましい。

(定森露子)

花火を見てきました

熱田まつりの花火をみてきました。間近で花火を見たのは、10何年ぶりのこと。体に音を感じながら頭の上の光の花に包まれるのは、やっぱりいいなあとつくづく思いました。が、ここ何年も「花火を見に行くことは、とにかく疲れる」と言う過去のいくつかの体験から、行こうという気持ちがおこりませんでした。「よかったな~」と感動したことも多々あったはずなんだけど、なぜか「花火大会=疲れる」ができあがってしまっていたよう。

熱田まつりの花火は、40分ほど前に行っても、まあまあ良い場所が確保でき、帰りの地下鉄の駅に入りきれない人が溢れる、といったこともなくて、来年も行ってもみようかなと思えたのはよかった。ただ、やはりというか、制服きた高校生(平日なので)や社会人1年生?といった、きらきらした若い子達や2人の世界浸りきっているカップルたちもたくさん来てて、エネルギーに満ちた時空でした。
ひとつの夜空の花火に、沢山の人が、「わあ!」と同じ思いで見上げてるって、あらためてすごい平和だなと思いました。

花火は格段に進化していて、感動しました。昔の嫌な記憶に引きずられて避けてきたことに、ちょっと後悔。

当日の花火の写真を載せたいのですが、うまく撮れませんでした。代わりに、みなさん自分の記憶にある感動した花火をここで思い出してくださると嬉しいです。

(定森露子)

We are not alorn in the world


これは、我が家で30年以上使っているバケツにかかれている言葉です。
息子が1歳半で保育園に行く時に、保育園でのオムツ入れとして亡き父が買ってくれたものです。当時は布おむつなので、使用済みオムツは個別に保管していました。ほどなく保育園での用はなくなり、家でつかうことになりました。

ここ20年くらいは、お風呂場においてあります。
子どもたちのみならず、家族全員が英語でかかれたこの言葉をずっと間近にみていたことになります。今更ですが、こんな優しい言葉と絵に見守られていたんだなと、感慨深いものがあります。これが例えば、「がんばることが、人生だ」とか「甘えるな」だったりしたら、また違った影響があったかもしれなません。どちらがいいかはわかりませんが、お風呂にはいりながら見るものとしては、これでよかったと思います。

(定森露子)

心理学


人間の苦悩や悲哀の意味を問うのが哲学とするならば、いかにすれば救われるかを扱うのが宗教だといえます。

そこで、もし心理学は、人間の苦悩や悲哀にどう向き合うのですかと問われたならば、「人間の苦悩や悲哀の意味を問い、かつ、どのようにすれば救われるかを発見・創造していく学問です」といいたいところですが、まだまだ歴史が浅すぎて、哲学や宗教から学ぶべきものが多いと思います。

(定森恭司)

努力する

西表島12/25

努力することは大切であるとは思う。が、何にたいして、何のために努力するかを考えてみた。とはいえ、「これからの時間」が「これまでの時間」に比べて格段に少なくなった今の私が考えたことであって、「これからの時間」が限りなくあると思っている若い人(私はそうだった)には何言ってんだろうと思うだろうな。

すくない時間を、それに加えて乏しくなってきたエネルギーを、過去のいやなことを消すための努力に使うよりは、あるいは、これから先の何かのための努力につかうより、もう少し「今」に使いたいなと思う。ただ「今」と言ったって、「今・この瞬間」に生きるなんてことは高僧でもない凡人の私が出来るわけもなく、せいぜい「今日1日」か「2~3日先まで」の間のことなんだけど、気持ちよく、楽しくすごすことに、もう少し努力してみようかと思う。

(定森露子)